1. 文字と発音
ロシア語の文字と発音について。
IPAつき。
1. キリル文字を覚えよう
ロシア語はまず文字(キリル文字)から覚えないといけません。ただ「キリル」って名前からしてキリトみたいでかっこいいですし、文字の形としてもカッコよさを感じない人はいないはずです。最初モチベがあるうちに、どうにか文字を覚えましょう。
われわれが使っている教科書『ロシア語をはじめよう』(朝日出版社)では、はじめの3課にわたって少しずつキリル文字を覚えていく構成になっています。もちろんそのようなやり方もあるでしょうが、文字をまとめて覚えるのもアリでしょう。
そんな風に一気にまとめて暗記する際に活躍するのが歌です。小学生のころ、「えーびーしーでぃーいーえふじー」という英語アルファベットの歌を歌ったことだと思います。同じリズムのロシア語アルファベットの歌があるので、以下のリンクからご視聴ください。
https://youtu.be/Fs0t4I3e09g?list=RDFs0t4I3e09g
くわしい発音の仕方は次ページでやりますから、とりあえずこの歌を10周くらいして暗記し、アルファベットの形と(だいたいの)文字の読み方を覚えてみましょう。
а б в г д е ё ж з и й к л м н о п р с т у ф х ц ч ш щ ъ ы ь э ю я
アー ベー ヴェー ゲー デー イェー ヨー
ジェー ゼー イー イークラートカエ
カー エル エム エヌ オー ペー エル
エス テー ウー エフ ハー ツェー チェー
シャー シシャー トヴョールドゥイーズナーク
ウィ ミャーヒキーズナーク エー ユー ヤー
うれしいことに、ロシア語はアルファベットの大文字と小文字の形がほとんど同じです。大文字と小文字で注意すべき違いがあるのは、「А-а / Б-б / Е-е / Ё-ё 」だけで、残りは文字を大きくすれば大文字になります。※ Б(大文字の「ベー」)・ ъ(トヴョールドゥィー・ズナーク) ・ь(ミャーヒキー・ズナーク)の3つの区別に注意しましょう。
ギリシャ文字から発展してブルガリアで作られたのがキリル文字なので、ところどころギリシャ文字の面影が残っています。г(←ガンマ線のガンマ)、п(←円周率のパイ)、р(←密度のロー)、ф(黄金比などのファイ) とか。
文字については最初はこれくらいですね。以上アルファベットの歌を覚え、キリル文字が書けるようになったら、実際の文字ごとの発音へすすみましょう。
<少し進んだ雑談>
※ロシア語に興味がない人は見なくていいとこ。
- ちなみに昔のキリル文字には「Ѣ」(ヤチ)とか、現代のキリル文字よりさらにかっこいい文字があってマジでテンション上がります。
- キリル文字って言ったって別にウクライナ語とかでも使われてます。それぞれ少しずつ記号や読み方が違います(ウクライナのキリル文字には「i」みたいなやつがあったりする)。ここでは現代ロシア語のキリル文字に限定しています。
- 筆記体や斜体(イタリック)にはブロック体とかなり形が異なるものがあります。
筆記体(イタリック):а б в г д е ё ж з и й к л м н о п р с т у ф х ц ч ш щ ъ ы ь э ю я
→ブロック体と比べてどうでしょうか。かなり混乱すると思います(たとえば「т」の筆記体の「т」はどう見たってmですね)。しかもここに書いた筆記体の形はあくまで一例にすぎず、フォントや書く人によって筆記体は個性が出てきます(たとえば「д」の筆記体を「Δ」と書く人がいます)。
英語のように筆記体が今は使われなくなったというなら覚えなくてよいのですが、筆記体はロシアではまだまだ現役です。
例えば、Google Earthで適当にモスクワのストリートビューを見てみましょう。
この喫茶店の店名、なんと書いているかわかりますか。「кафе Акмер」ではありません。
答えは「кафе Актер」(=Cafe Actor)です。筆記体(イタリック体)で「m」っぽい文字は「т」ですからね。
筆記体では「м」は下からつなげて書く一方で、「т」は上からつなげて書きます。
そこがたぶんわたしたち日本人とはちょっと違うところです。
- こんな風に、ロシア語では小文字と大文字を覚えるというよりは、ブロック体と筆記体を覚えるということが必要になります(ロシア語の筆記体の詳しい説明は『ロシア語をはじめよう』の一番後ろに書いています)。
筆記体のさらなる恐怖と情趣を味わいたい方は、ロシア・ビヨンドの以下の記事をご覧ください。
https://jp.rbth.com/education/79649-hikkitai-de-kakareta-roshia-go-quiz
2. 文字の発音を覚えよう
(1) 発音の原則
ロシア語は原則的に、1つの文字に対して1つの音が対応します。このサイトにその一覧を表記するのはめんどいので、以下のリンクを参考にしてください。
http://rossia.web.fc2.com/pc/yazyk/nachalnyy/a01.html
気を付けなければならない点のみを挙げます。
(以下、[ ]で囲った部分はIPAで表記したものです。)
- е は「エ」ではありません。[je](イェ)です。эのほうが「エ」です。大変紛らわしいですが、「э」は基本的に、外来語由来の単語や口語にしか出てこない(例外:это, этот)ので、スペルミスをする心配はあまりないでしょう。
- у は日本語の「ウ」[ɯ] ではありません。口を丸め突き出して発音する[u]です。
- и は口をしっかり横に開きましょう。
- т は英語のtより日本語の「た」(の子音)に近いですので簡単です。「 [t]より歯音化された(dentalized)音になる」と説明されることもありますが、あんまり気にしなくても大丈夫でしょう。
- тとдはどちらも舌を上あごすれすれで発音します(舌の位置が高いということ)。
例えば「тя [t'a]」と「дя [d'a]」 は、「ティャ」「ディャ」ではなく、日本語の「チャ[tʃa]」「ジャ[ʑa]」のように聞こえます(舌が硬口蓋(後ろ側)に近づいているので、硬口蓋化している (palatalized)といいます)が、実際には、日本語の「チャ」「ジャ」よりもう少し口を横に引いて舌の位置を高くしつつ、舌先を歯のあたりにくっつけて出す音です。まぁあんまり気にしなくてもいいですが。 - з [z] は、с [s]をそのまま有声音にしたもの(にごらせたもの)です。日本語のザ行の子音 [dz] ではありません。舌先を上あごにつけないということです。
※英語の発音を習うときにも「cards」[dz] と「cars」[z] の発音の違いというのを教わったかもしれません。その違いを思い出しましょう。
詳しくはこちら→ https://youtu.be/OxNukzqC5nc - вは[b]ではありません。[v]です。唇を噛んで発音する音ね。
ちなみに、ロシア語ではワ行の音(w)がないので、wをвで代用して表記します。例えば Wikipedia は Википедия です。 - 日本語の「ん」は [n] [m]など様々な音を含んでいます。例えば「あんぱん」の「ん」は実は[m]の音で発音していますね。
「н」を[m]などで発音しないように注意しましょう。ま、これもあんまり気にしなくていいです。
※そういえば、新橋駅のローマ字表記が「Shimbashi」になるなど、最近は日本語のローマ字表記でもしっかり[n]と[m]を分ける動きがあるみたいですね。 - 日本語のラ行は [ɾ](弾き音 tap)(唇を軽く歯茎の付け根に当てる音)、英語のrは [ɹ](接近音 approximant)(上あごに舌をつけないで出す音)、ロシア語のрは [r] (ふるえ音 trill)(巻き舌) と、微妙にすべて違うので注意しましょう。
ただロシア語の「р」は日本語のラ行の子音で代用できます。巻き舌にしなくたっていいです。 - ロシア語の「л」のほうが発音が難しいとネイティブも言っていました。しっかり舌先を歯茎につけて発音します。英語より口の中を広くとって響かせるとかなんとか。IPAだと [ɫ] となって、やっぱり微妙です。
- 「ё」は特殊な文字です。「е」のとても近い親戚と思って大丈夫です。アクセントが常につきます(だからёにアクセント記号は振られません)。また、ёはеと書かれるのが普通です(したがって「イェ」か「ヨ」かは自分で判断する必要があります)。
- 「ы」は「ウとイの中間音」と言われたりします。「舌を下げて出す【イ】」とか「ペンを口にくわえて出す【イ】」とか「腹を殴られたときに出す【イ】」とか説明は様々ですね。
- 「й」は「短いイ」。基本的に母音と組み合わせて使います。мойとか。
- 「х」は、[k]や[g]の舌の位置(のどの奥のほう)で、摩擦音(fricative)として出す音です。「クーーーーーー」と長く言い続けると、最後のほうの余韻が「х」の音になります。あるいは「シャンハイ」の「ハ」の子音とかですね。
- 「ш」「ж」は「シャ」「ジャ」とは少し違い、反舌音(retroflex)です。舌の真ん中をへこませるとか、スプーンみたいにするとか、舌を真ん中に寄せるとか、いろんな説明があります。まぁ難しいです。
- 「щ」のほうが日本語の「シ」(sh)に近いかもしれません。「しー」「ししゃも」「ししまい」と言うときに特に近くなります。ただ、昔は「シチ」と発音していたり(←「шт」がつながった)、ラテン文字転写で「sch」と書かれたりしてたので、「フルシチョフ(Хрущёв=フルショーフ)」「ボルシチ(борщ=ボールシ)」など、日本語では「シチ」と転写されることが多いですね。
- 「ща」と「ся」(つまり /щ/ と /с'/)の発音の区別が結構難しい。
- 「ч」はやや強めの「チ」。「舌打ちのチ」とか、日本語より舌が奥とか、口を丸めるとか、いろいろ説明があります。
- 「ъ」(硬音記号)は子音と母音を分けて発音するための記号です。объектは「オビェークト」ではなく「オブイェークト」ですね。(オブイェークトと聞いてソ連戦車を思い浮かべましたか?)
(2) 発音の変化
① 母音の発音変化
- アクセントのある母音は、はっきり、長く発音しましょう。「長く」というところが特にポイントです。книга(本)は「クニガ」より「クニーガ」です。「ロシア語訛り英語講座」というYouTube動画も参照してください。 https://youtu.be/U9Hx4dP4fgQ
- アクセントのない「о」は「ア」っぽく読みます。語尾に来たりすると特にあいまい母音 [ə] になりますが、まぁアクセントがなければ全部「ア」でいいです。例:Москва́:マスクヴァー
- アクセントのない「е」「я」は「イ」っぽく読みます。ただし語末に来ると「イェ」「ヤ」のままでもよかったりします。例:Япо́ния:イポーニヤ
- アクセントのない「а」「у」「ю」「и」「ы」は別にそのまま読んで大丈夫です。
② 子音の発音変化
- 「子音のあとに ь が来ると軟子音になる」、などとわけのわからないことが書いてありますが、別に「ь」は小さな「イ」として読めばいいのです(「舌を少し上げる」とか「口を横に引く」と言ってもいいでしょう)。
※ 軟子音と硬子音の概念は最初は無視していいです。「ь」の意味も深く考えず、「小さなイ」として覚えておけばよいです。 - 大事な規則①:語末の 有声音(にごった音)→無声音(にごらない音)
例:「друг」は「ドルーグ」ではありません。語末の子音は濁らなくなるので、「ドルーク」です。 - 大事な規則②:有声音+無声音 → 無声音+無声音
例:「водка」は「ヴォードカ」ではありません。「дк」が「有+無」の組み合わせなので、「無+無」になって、「ヴォートカ」となります。 - 大事な規則③:無声音+有声音 → 有声音+有声音
さっきの逆です。例:「футбол」は「フトボール」ではありません。「тб」が「無+有」の組み合わせなので「有+有」になって、「フドボール」です。
※ただし、常に有声の子音(м, рなど)と、в が来ても前の子音は無声のままです。вについては忘れやすいので注意。
例:свет:スヴェート (× スフェート)
(3) 硬母音字と軟母音字
硬母音の字 | а(ア) | ы(ウィ) | у(ウ) | э(エ) о(オ) |
軟母音の字 | я(ヤ) | и(イ) | ю(ユ) | е(イェ) / ё’(ヨ) |
硬母音というのは要するに「ヤ行じゃないやつ」、軟母音というのは「ヤ行のやつ」です。ただしыとиは直感的にどっちに来るかわかりづらいので注意しましょう。
「ア(а)とヤ(я)」のように、それぞれペアを作ります。ただし、「э」は基本的に出現しない文字なので、「е」は「ё」とともに、「о」とペアを作ります。
このペアの概念は最初は覚えなくてもいいんですが、最後に見返したときに「ああそうだったのか」と納得がいく仕組みになっています。
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(4) 進んだ学習
※ロシア語2周目、あるいはロシア語を第n外国語(n≧3)でやってる人向け
1) ミャーヒキーズナーク(軟音記号)
「ь」はあくまで直前の子音が軟音になる(口蓋化)ことを示す「記号」であります。直前の子音とひとかたまりで1文字と見ればいいと思います。
例えばтетрадьは、あくまで「дь」 つまり /d'/ で終わってるという認識です。語末の子音は無声化するので、 /t'/ となり、「チェトラーチ」と発音されます。
2) 子音の連続を避ける
ポーランド語やチェコ語などは平気で子音連続をかましてきますが、ロシア語は子音の連続を比較的避ける傾向にあります。というか正確には、発音しやすいように発音を変えるルールがある、ということですね。
例えば…
・Здравствуйтеは「вст」が発音しづらいので、「в」の発音を落として「ズドラーストヴィーチェ」です。
・солнце(太陽)は「лнц」が発音しづらいので、「л」の発音を落として「ソーンツェ」です。
・се́рдце(心)は「рдц」が発音しづらいので、「д」の発音を落として「シェールツェ」です。
そのほかにも代表的な例が外大の言語モジュールに載っています。見てください↓
https://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/ru/pmod/practical/01-07-00-01.php
3) 複雑な発音変化
「I have an apple」を「アイハヴァナップル」とつなげて発音する(リンキング)ような現象が、ロシア語にもあります。その場合にはかなり複雑に発音規則が絡まります。
・「Как вас зовут ?」は速く言うと、「с」と「з」がくっついて、「カクヴァーザヴート?」くらいになります。
・「前置詞やнеは続く単語と一緒に発音する」というルールがあります。「в парке」は「フパールケ」です。「ヴパールケ」ではありません。пにひきずられてвが無声化しているからです。
・ほかにも、ソ連国歌の「Сквозь грозы сияло нам солнце свободы」という行で、「Сквозь」はほぼ「スヴァズ」と聞こえます。「Сквозь грозы」と一続きに発音されてるんですね。сквという3連続子音が厄介なのでкが落ちたり、оをはっきり言っていないので「ア」になったり、本来は [s']で終わるはずの語尾が、後ろの「грозы」の「г」につられて [z']となっていたり。
さらに、将棋倒しのように連続して無声化するケースもあります。звёзд(星звезда́の pl. gen. )は「ズヴョースト」。дが語末なので無声化して [t] になり、そして有+無なので з も無声化して [s] になります。
4) 常に硬子音/軟子音
ц ж шは常に硬子音、ч щは常に軟子音です。まぁぶっちゃけどうでもいいですね。普通に発音してたらそうなりますから。
5) 例外的な読み方
- 「ч」を「ш」のように読むケースがあります。
- что:「シュト」のように発音します。
- коне́чно(もちろん):こちらも「カニエシュナ」くらい。
- что:「シュト」のように発音します。
- 格変化語尾の「ого」「его」の「г」は「в」で発音します。сегодня(today)も元々はсего+дняで、егоが格変化語尾なので発音が変わって、「シヴォードニャ」ですね。
※много(a lot of)は「ムノーガ」です。ここは格変化語尾じゃないので注意しましょう。 - 「г」が「х」のように発音されることがあります。ウクライナ語学習者にとってはおなじみでしょう。
ロシア語でも、例えば「ミャーヒ(フ)キーズナーク」 (мягкий знак)という発音は、たしかに 「г」のところを「ヒ(フ)」で発音していますね。